大阪府での交流から、東京での交流、そして大阪府に戻る

大阪府では学校を過ごしているけれども、その間には兵庫芦屋を遠い高級住宅街ぐらいにしか考えておらず(もちろん他にも高級住宅街はあると思うけれども)、まだ学生ならそんなに地域を気にしていなかった。ぜんぜん近隣で十分であった。そりゃ当然、どこか国内旅行もするでしょう。ごく自然に西日本の県との関わりが多く、近隣の県(西日本の県が多い)からの一人暮らしもちらほらあり、交流もよくあった。大阪の場合は、境目は、三重県から福井県。

東京本社大阪支店の会社に入社後は、三越前本社勤務になったため、都会といっても、電線地中化や舗装道路の綺麗さなど環境がよくなっている。なにより、企業の本社数が多いことと、経済活動に安心感がある。そりゃ、古河グループに入社すれば、1人の社員の給料がいくらになろうと上限幅が大きく、会社に何のダメージも与えることはない。ややこしいのは会社の中の人間関係や取引先との人間関係のみ。ここでも、同期はさほど問題なく寮でも一人暮らしがちらほらあり、交流もよくあった。

主力として交流していたのは、地方出身同士で、宮崎出身とか宮城出身、新潟出身のような人間との交流が多い。それで楽しめた点が大きい。

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